信じられないとゾロは目の前の男の姿に遠慮なく深い息を吐き出した。
『今夜、待ってるから・・。』
夕食後、そう言って、そっと手の甲を撫でていったサンジにその時ゾロは渋面を隠そうとはしなかった。
なにが、今夜だと言ってやりたかったというのもあるし、その手の甲を撫でていったサンジの指がかすかに震えていたのも気に食わなかった。
一週間ほど前、何がきっかけだったのか定かではないが、ゾロはサンジに愛の告白とやらを受けた。
それはナミやロビンに始終向けられる浮ついた言葉とは明らかに違うのもので、玉砕覚悟で、なおも歯を食いしばり必死な様子を見せた男にゾロは絆されてやった。
それほどまでに俺のことが好きならまあいいかと軽い気持ちがなかったとは言い切れない。
真剣に一つも揺らぐことなく自分を見つめてきたサンジの蒼い瞳は気持ちよかったし、ゾロの中の優越感を刺激した。
「・・・・馬鹿か・・。」
はあっと呆れたように息を吐き出してゾロはテーブルに突っ伏して眠るサンジの目の前の席へと腰を下ろす。
告白され、それをゾロが受け入れたと分かった瞬間にこの男はゾロにキスを強請った。
もともと切羽詰った状態での告白だったのだろう。強請ったサンジにキスをくれてやったゾロはその夜、とんでもない体験をさせられる羽目になった。
嵐のような、とでも言えばいいのか、人生においてはじめての体験でダメージを受けたのは肉体だけで、案外精神の方はあっさりとその事柄を受け入れた事にゾロは妙に感心したのだ。
人間なんでもやって出来ないことはないのだなと、サンジが知れば湯気を出して怒りそうな感想をシーツに包まりながらゾロはそう思ったのだった。
そう、ゾロのほうはあっさりとその関係。
つまりはサンジとの肉体関係を許容したのだが、それを仕掛けた当事者であるサンジのほうはそのことに精神的にダメージを受けたようだった。
まあ、確かに・・・。
翌朝、褥に使用されてしまったシーツやタオルケットは、こっそりと海に不法投棄されるほど酷い有様だったし、顔色をなくして昏々と眠ってしまったゾロにサンジが大変なことをしてしまったと、怯えたというのは分からなくもない。
だが、ゾロはそのことに対して怒っているわけでもなく、気にしてもいないのに、サンジは見事に挙動不審で醜態を晒しまくった挙句、ゾロを避けて逃げまくった。
そんなサンジを始めは呆れてみていたものの、徐々に苛立ちが増してきた所に、『今夜、待ってるから・・・。』との誘いだ。
やれやれ、やっとアイツも肝が据わったのかと溜め息を零し、一応誘いらしき事をしてきた事にゾロは渋々と時間が過ぎていくのを待っていた。
まあ、その誘いの時に震えた指先も、逸らされたままの蒼い瞳も実を言えば気に食わなかったが、それでもゾロとしては現在の関係改善の為にと、わざわざ夜が更けてから、キッチンへと足を運んだのだ。
「確かに・・ちいと遅れたが・・・だからって、なあ。」
キンとテーブルの上に鎮座してた空になった酒瓶を指で弾いてゾロは苦笑を浮かべた。
時間を見計らって来てみれば、それを招いた相手はどうやら夢の中のようだった。
テーブルの上に並ぶ空になった数本のワインと、手に握り締められているワイングラス。
サンジが突っ伏して寝てしまったテーブルにゾロの為のグラスは用意されていない。
それはサンジがゾロを待ちきれずに飲み始めたのではなく、ゾロが来るまでに緊張からか勇気付けか、アルコールの力を借りようとしていたのがバレバレだ。
「おーい。クソコック。」
ゾロは手を伸ばし、テーブルの上に散らばる金の髪をなおも乱すようにグシャグシャといささか乱暴に掻き混ぜた。
頬杖を点き、左手で容赦なくサンジ自慢の髪をかき乱し、ゾロはハアッと一つ大きな息を零した。
クスゥ、スピィと鼻を鳴らして眠っているサンジはアルコールの力を借りてか、疲れからか、その眠りは一向に覚めそうもない。
「・・・しょうがねえやつ・・。」
はあっとゾロは苦笑を漏らすと、いったん席を離れ手に一つのグラスを持って先程と同じ位置に腰を下ろす。
そして、ほんのかすかに中身を残らせていたワインを一本そのグラスの上で逆さまに向けた。
注ぐというほど中身もなく、すぐにトロトロと糸のような筋を引いて消えた赤い中身にゾロは苦笑しながら右手に持ち返る。
そしてくたりと投げ出されたままになっていたサンジの手から倒れたままだったワイングラスを取り上げ、ゆるく開かれたままのその手の中にそっと戻した。
「本当にしょうがねえやつ。」
クククとゾロは呆れたように笑うとグラスに半分も満たない赤い液体をグルリとグラスの中で動かした。
「・・・・・乾杯。」
チンと硬質な音を立ててサンジの手の中のグラスにそれを触れ合わせ、ゾロはグラスを濡らすその酒を殊更ゆっくりと唇の中へと招き入れたのだった。
**FIN**
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