「ないなら、いい。」
海の上で二週間目。まだまだ食料に余裕はあるが嗜好品である、酒に制限が掛かった。
広い海の上、何が起こるかわからない。用心に越したことはないと決めたことだが、サンジの説明にほんの少し眉を寄せて、あっさりと踵を返したゾロにサンジは煙草のフィルターを噛み締めた。
「しばらく・・・そう、あと2、3日、我慢してくれ。」
「ああ・・・。」
背を向け歩き去っていくゾロにそう声を掛けて、サンジはふうっと大きな溜め息を零す。
予定していたより進行速度が遅いと、朝食後ナミが知らせてきた。
優秀な航海士であるナミであっても、急な天候による航路の変更による日程の誤差まであらかじめ予測することは出来ない。それでも、彼女の腕があるから、最低限の変更でこの船は進むことが出来るのだと、そうこの船に乗るクルーなら誰もが思っている。
『予測ではもうそろそろ夏島の領域に入ってないといけないんだけど。』
困ったように雲を眺めるナミの横顔に魅入ってサンジはゆっくりと煙を吐き出した。
『どれぐらい遅れてるんですか?』
船の航海が予定より遅れていることでたちまち影響を受けるのはサンジが預かる厨房だ。
もちろん、予定の航海日数より多めに計算して食料は積んでいるし、現地調達である程度まかなうように心がけてもいる。だが、そういった食料以外の嗜好品と呼ばれるものはあらかじめ決められた量しか船に乗せることは出来ないのだ。
『そうね。2日・・・いえ、3日かしら?』
『ああ、それぐらいなら全然大丈夫だよナミさん。』
3日程度であれば備蓄を切り崩せば十分賄える日程だ。もっとも3日を一週間と言われても十分やっていけるだけの知識も技術もある。
幸いなことにこの海域は魚が豊富で釣り糸を垂れればほぼ釣り上げる事が出来る。さっそく船長以下、食欲旺盛なお子様たちに可能なだけ魚を釣らせようとサンジはにっこりとナミに笑いかける。
『ごめんね。サンジくん。』
申し訳なさそうに言ったナミにサンジは笑って、早速とばかりに甲板で遊んでいた三人に食糧確保の使命を与えたのだ。
まさに入れ食いでドンドン上がってくる魚を手際よく加工し保存食も作り、またその魚たちは本日の夕食としてクルーの腹を満たしたのだ。
その夕食の席でそれぞれのグラスに注がれたのはレモンを浮かべ、冷たく冷やされた水だった。
それに一瞬だけ目を細めたものの大人しく口にするゾロに何故かサンジは不満を覚え、夕食後船尾にて鍛錬を始めたゾロの下へわざわざ足を運んだのだ。
「ないなら、いい。」
言い訳がましく言ったつもりはなかったのだが、ナミさんが、予定が・・と、口にしたサンジにやはりほんのすこし眉を動かしただけでゾロは肩に担いだ錘をもって歩いていってしまう。
その背に日程を言い訳がましく告げたのはサンジの自己満足でしかない。
「・・・・クソッ!」
小さな声で吐き捨てて、サンジは暗い海へを目を向けた。
聞き分けなくごねられても困るのだが、あっさりと興味なさげに頷かれるのも腹立たしい。
いや、違うのだ。
もし少しでもゾロが残念そうに欲しがる素振りを見せたなら、サンジはしょうがない奴だと言いながら、ゾロにグラスの一杯、酒瓶の一つも提供しただろう。
本当に切迫していれば説明の一つもされないのは今までの経験からゾロも知っているだろう。
「・・・・クソッ。」
これが自分で、物が煙草なら、サンジは欲しいと強請ってみせただろう。
海に向かって悪態をつき、サンジは渋々と己のテリトリーへと足を向けた。
明日の下準備を抜けてまでゾロの元へと足を運んだ己が滑稽だとサンジは背を丸めて、キッチンへと向かう。
扉を開き、腕まくりをし、さて、続きに取り掛かるかとシンクと向き合ったとき、静かに背後の扉が開かれた。
「どうした、マリモ。酒はいいんだろうが。」
ゴトゴトと重い靴音をさせて近付いてくるゾロにサンジは面倒くさそうに声を掛けた。
「ああ。水か。水ならそこのコッ。」
「サンジ。」
ペタリと熱い手のひらをシャツ越しに感じてサンジはビクリと背を震わせた。
滅多に呼ばない名前を口にして、触れてくるゾロの意図が掴めず、その眉と同じく思考をグルグルとまわす。
「サンジ。」
はっきりとした声で再度名前を呼ばれてサンジはギチギチと音がしそうなぐらい不自然な動作でゆっくりと振り返った。
「酒がなければ駄目か?」
間近で合わさった翡翠の瞳は微かな熱を孕んで潤んでいるようだった。
「駄目なのか?」
サンジが振り向いたことで宙に浮いていたゾロの手がそっと己の頬に当てられるのをサンジは呆然と見つめる。
「・・・・サンジ。」
やはり熱いと触れられた手のひらを感じながら、サンジは急激な乾きにゴクリと喉を鳴らした。
頬を撫でたゾロの手のひらを熱いと、サンジは喘ぐように息を吐き出す。
その吐き出すために開かれた薄い唇をゾロの親指がゆっくりと辿り、そっと覗いた舌先を撫でていく。
「ゾロ!!」
「んっ・・。」
舌先にゾロの指先が触れたと思った瞬間、サンジは目の前の身体を掻き抱いていた。誘うように開かれたゾロの唇に己の唇を重ね、濡れた熱い息を吸い上げるようにして口付けを交わす。
縋るようにシャツを掴んだ熱い手のひらを己の手のひらで覆い、サンジは腰を引き寄せ、なおも深くゾロを貪る。
「・・・ふぁ、・・っ。」
息継ぎさえろくに許さず、酒の味のない口付けを堪能する。
やがて力が抜けきりサンジの腕に身体を預けてきたゾロの髪に唇を寄せてサンジはかすかに口元に笑みを浮かべた。
そう、そうだ。
酒が欲しいのはゾロではない。
酒の力に、酒のせいにして、ゾロを欲したのはサンジ自身だった。
だから、酒がなければそれでいいといった態度をとったゾロに苛立ち、不安を感じてしまった。
己さえもいらないと言われた様で堪らなかった。
「テメェってやつは・・。」
「・・・んっ?」
欲に潤み、サンジに身体を預けているゾロの髪をそっと撫でてサンジは小さく笑みを零す。
気付かぬうちにコイツの熱に中毒になっていたらしいと、サンジは強請るように開かれた唇を己の唇で塞いだ。
すでに抜き差しならない状況まで追い込まれている己を振り返ってサンジはそれもまたいいかと笑う。
「好きだよ、ゾロ。」
重ねあう瞬間に吐息に乗せた告白にゾロがゆっくりと目蓋をおろす。
サンジの望むままに唇を与えるゾロを抱きしめて、その熱い身体に少しずつ温度を上げ始めた己の身体をゆっくりと重ねていったのだった。
END++
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